山梨民医連では震災直後から医師・看護師などを派遣し、今回は第三次の支援団として派遣されました。メンバーは医師・看護師・PT・OT・MEなど10名です。
22日の早朝、現地への支援物資などをバスに積み込み宮城に向かいました。福島原発の放射能の影響を避け、東北道は使用せず、中央道から北陸道・山形道を経由する道のりでおよそ11時間かけ宮城に入りました。高速道路に地震による断裂(既に修復されていました)や、テレビのニュースで報道されていたような田畑に水が流れ込んだ震災の痕が至る所で見られました。病院近くの道路脇には路肩に寄せられた瓦礫、そのままになっている車両が何台も並んでいました。
発生から一週間以上が経過したこともあり、坂総合病院ではトリアージが終盤に入っており、到着した次の日には外来はほぼ通常の診療に移行していました。全国の民医連からの支援も100人以上が泊まり込み、地域の避難所訪問や、病院の通常業務への復帰を支援しました。
午後に訪問した中学校の避難所では民医連からの支援に来た介護職員が鍋とガスコンロを使用した「足湯」を考案し、高齢者の方を中心に実施しました。この取り組みは次の日以降、他の避難所でも規模を拡大して行われたと聞いています。
病院と避難所への道を往復するだけでも道路に生じた亀裂や、浸水し使えなくなった車両の移送を目の当たりにして改めてこの震災の大きさを感じされられました。
今回の震災によって亡くなられた方のご冥福をお祈りいたしますと共に、被災されたすべての方にお見舞いを申し上げます。また、1日も早い復旧と皆さまのご健康を心よりお祈り申し上げます。
今後も全国の民医連から被災地への支援は継続されます。山梨民医連からも25日から30日まで第四次の支援が派遣されており、その後も当面4月一杯まで支援を派遣することが決まっています。長い支援活動になると思います。「被災者とともに、民医連はひとつ」を合言葉に頑張ってゆきたいと思います。